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2026.08.03 — 屋号のはなし

なぜ「利休」という名前なのか——商人であり、茶人であった男の話

チェンマイに会員制のウェルネスラウンジをつくる。その屋号に、僕たちは日本でいちばん有名な茶人の名前を借りた。軽い気持ちではない。この名前は、事業の設計図そのものだ。

利を追った男が、休を極めた

千利休は、はじめから茶人だったわけではない。堺の商人の家に生まれ、魚問屋を営む家業の中で育った。つまり彼の人生の前半は、利益を追う側の人間だった。

その男が、茶の湯という「何も生産しない時間」を人生の中心に据え、ついには天下人の傍らで一服の茶に武将たちを正座させるまでになる。商いの「利」と、静けさの「休」。ふつうは両立しないとされるこの二つを、一人の人間が最高水準で生き切った。

僕たちがチェンマイでやろうとしていることは、まさにこれだ。仕事を持ったまま、人生を深く休む。休みながら、次の商いの種を拾う。「利」と「休」を、同じ屋根の下に置く。だからこの場所の名前は、利休しかなかった。

AIが速くするほど、価値が移る場所

僕たちはAIで仕事をする会社を経営している。だから肌で分かることがある。AIが賢くなるほど、デスクの前の時間の価値は下がっていく。資料も、コードも、分析も、どんどん機械がやってくれる。

では何が残るのか。身体と、直感と、人とのつながりだ。サウナで身体を追い込んで、アイスバスで思考をリセットして、そのあとビリヤードを撞きながら交わした一言が、次の事業になる。そういう時間の価値だけは、AIには複製できない。

箱は入口、コミュニティがエンジン、ブランドと人脈が資産。——利休の事業構造を、僕たちは社内でこう呼んでいる。

180平米の箱は、あくまで入口だ。そこに集まる人たちの縁が、この場所のほんとうの中身になる。

なぜ日本ではなく、チェンマイなのか

チェンマイは、世界中のクリエイターとノマドが集まる山あいの古都だ。そして意外なほど、日本の文化への敬意が深い。この街で「日本の美意識で整える場所」をつくることには、日本国内でつくるのとは違う意味がある。

海外で暮らす日本人には、帰る場所が要る。日本が好きな外国人には、入口が要る。利休はその両方でありたい。畳の匂いではなく、所作と静けさで日本を伝える場所。それがチェンマイの真ん中に一軒あるだけで、この街での人生は少し変わるはずだ。

100年つづく屋号として

利休という名前には、もうひとつの覚悟を込めている。千利休の名前は、400年以上残った。僕たちも、流行りのサウナ施設をつくって数年で畳むつもりは、まったくない。

チェンマイの一軒から始めて、コミュニティの中から次の事業を生やし、広げていく。売り手よし、買い手よし、世間よし。100年つづく居場所を、チェンマイに。大きく出たと言われるだろうが、屋号がそれを求めてくる。名前とは、そういうものだと思う。

整う。遊ぶ。つながる。
チェンマイ・ナイトバザール3F ジャパニーズ ウェルネスラウンジ「利休」— 2026年開業準備中